黒い雨シリーズ/広島再訪 – 黒雨
2009年7月3日~8月9日、10月10日~16日

「……広島を再訪、資料館、次から次に英文の書簡を読む、衝撃をうけました。……

……自分の戦争と戦後体験を重ねて、反原爆こそが、自分に課せられた課題だ、自分の制作の基礎をここに置く、それ以外に無いと思いました。……」

中里 斉


citypaper July, 2009


黒い雨、シリーズII


カンバスに、線を描く、或は、ある色で塗りつぶすと云う単純な制作の中に伝統から現代の美感覚も含まれ、自己の全ての創造表現が在るとした時代。
見る人の視線をより多く得る為、これ等ミニマリズムの作品にコーテェションマークして、括弧の様な部分的な額を付けたり、横長な変形カンバスの作品時代。
対比、また折衷的な緊張効果を得る為に、カンバス二枚を対にした時代。
丸、三角、四角の仙涯の視覚語彙を使って絵画の既成概念の外に行こうとした線外シリーズの時代。
ギリシャから13世紀への単子論哲学に比喩したモナド論シリーズの時代。

上記は1970年頃から今迄の、自分の領域を捜したモダニズムの中での軌跡です。

それは私的な背景からは焦点を外し、近代主義の頂点に行こうと、前ばかりを向いて制作していました。前衛の騎手に!

10年前、ある美術館の要請で、作品輸送費を削減する為、大きな紙の作品制作に取り組み、縦巾30インチ、横の長さ35フィートのシリーズ、長さ50mにジグザクに描かれた400mの一本の線が描かれている作品等が完成しました。この制作の中で輸送費削減と云う現実性を遥かに離れた己自身の領域に深く嵌まり込んでいました。が、これらの作品は大き過ぎて全眺できない。

何故この超横長の作品を制作し、何が内的慾求なのかを、ふと、考えました。そして、ある事に思い当たり愕然としました。それは記憶の最低部に隠れていた原風景、母親の実家紺屋の裏庭、せんし針で張られた染め物が干された列と列の間に母親を捜した記憶でした。日に照らされたあの色と、何処迄も続いた染物の長さ。前を向いて造られた新作品と、70年も前の古い視覚的記憶が交叉していたのを見たのでした。新しい作品の根底に原風景が在ったと、涙と感動の1語でした。

この経験の後、広島を再訪、資料館、次から次に英文の書簡を読む、衝撃をうけました。平和記念式典の日に合わせた個展計画をし、広島をテーマに制作する事を決意しました。自分の戦争と戦後体験を重ねて、反原爆こそが、自分に課せられた課題だ、自分の制作の基礎をここに置く、それ以外に無いと思いました。

ピカソのゲルニカのモノクロームが念頭にあり、白黒の作品シリーズを目指し、行き当たるイメージを小さなパネルに描き止める作業から始めました。「映画のフイルムの1こま、1こま、の様だ」との評を得ました。
2001年に始めた新世紀を記念した2001点のシリーズ作品制作は、9/11の同時多発テロ事件の時も描き続けましたが、その最終部分はこの「黒い雨シリーズ」となりました。

2009年9月11日
中里 斉